仏教用語に「業」というものがあります。
この言葉は「業が深い」「業を背負って生きる」というように、あまり良くない意味で使われることがありますが、この言葉自体に悪い意味はありません。
「業」とは
他人とは、決してとって変わることのできない
生まれ持った性質のこと。
もう少しわかりやすくお伝えすると
業 = 性格・容姿・能力・キャラクターのことです
自分の「業」をよく知ることはとても大切です。そしてその業を生かす知恵を身につけることは、人生においてとてつもなく大きな財産になります。
仏教経典
「ダンマパダ」にこのような一節があります
太陽は昼において輝き
(ダンマパダ全詩解説 片山一良氏訳)
月は夜において照らす
王族は武器をつけて輝き
バラモンは禅をして輝く
しかし仏は威光によって昼夜全てに輝きわたる
意味
太陽は昼に輝き、月は夜にしずしず輝く。
王様は武器を持って民を守ることで輝き、
修行僧は禅定を実践することで輝く。
そして悟りを得た(世の中の本質を理解した)仏は知恵の光ですべてを輝かせる。
それぞれには業があり、どんな人でもその味を生かす場所、状況、立場があること。そして、それを生かして生きるの大切さを教えてくれる文章です。
【ウサギとカメ】
有名な童話に「ウサギとカメ」というお話があります。足の速いウサギと足の遅いカメが競争をし、最終的にはカメが勝利する物語です。
目標に向かい真面目にコツコツ努力することの大切さを説いた、一見 素敵なストーリーです。
しかし、
この世の中、真面目にコツコツと努力するだけで勝利できるほど甘い世界ではありません。
しかも、戦いの最中に昼寝をするウサギのような相手はそうそういません。
本気で競争すればカメは確実に負けています。
残念ながら、そこには努力だけでは埋められないほどの能力の違いがあるのです。
【業を理解する】
ただ、この話において「残念ながら」というのは、ことかけっこで戦った場合のみの話です。
この残念は「業」を知れば、いくらでも回避のしようがあります。
カメの業は「基本のんびりした性格・短足・硬く重い甲羅がついている」など。それを考えれば競争において陸でのかけっこは不利でしかありません。その業をしっかり理解して、自分の個性がうまく働くところで戦う。
例えば、水中での競争なら「ウサギが手を抜く」という謎の現象が起こらなくても真っ当な勝負で勝てたはずです。
カメはウサギの挑発に乗ってかけっこをしている場合ではありません。
コツコツ努力することは大切です。
しかし、
努力の方向を間違えてはいけません。
カメがどれだけかけっこの早くなる勉強、努力をしてもウサギの前では持ち味も生きず、結果も出せません。
どれだけ素晴らしいノウハウ、ハウツーを学んでもそれが合っていなければ生かすことが、できなければ意味がありません。
逆に自分の業を知り上手に生かすことができれば、それは大きな力となります。
ウサギはウサギらしく
カメはカメらしく
あなたはあなたらしく戦わなければ
ならないのです。
ではあなたらしく戦う方法を見つけるためにはどうすれば良いのか。
【如実知自心】の実践です。